最近、司馬遼太郎の「坂の上の雲」にはまっています(*^-^)b
それが昂じてゴールデンウィークに同じ日露戦争を描いた映画「203高地」を見ました。
子供の頃見たことがあるのですが、全然記憶と違っていました。
・・・・・子供の頃の記憶はそんなものかぁ(^^;)
※因みに、小説のあらすじ等についてお知りになりたい方は、下記のHPをご覧下さい。
http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/
『(なんて無謀なことをいう人だ)と、砲兵中佐佐藤鋼次朗はおもった。
児玉という人は攻城用の重砲を、そのあたりで馬に曳かせている野砲や山砲とまちがえているのではないか、とおもった。
大砲のばけものといっていい二十八センチ榴弾砲はもとより、最後方の火石嶺に置かれている陸戦重砲でも、それを据えつけるについては、一個のビルをつくるほどの基礎工事が必要であった。
であるのに児玉は、オモチャの大砲でも移動させるような口調で、「すみやかに重砲隊を移動し」などといっている。
みな、ぼう然となった面持で、沈黙した。
児玉にすれば、この作戦しかないとおもっている。
要塞を粉砕するに足るあらゆる大口径砲を、二0三高地のちかくに集めてしまって間断なく巨弾を送ることであった。
子供でも考えられるほどに、単純な理屈である。
この単純な理屈を、なぜ乃木軍司令部がとっていなかったかということが、むしろふしぎであった。
これについては、児玉は、(乃木は、専門家に呑まれちゃったんじゃ)と、解釈している。
(中略)
児玉は過去に何度も経験したが、専門家にきくと、十中八、九、
「それはできません」という答えを受けた。
彼らの思考範囲が、いかに狭いかを、児玉は痛感していた。
(中略)
専門知識というのは、ゆらい保守的なものであった。
(中略)
師団参謀の(地図の)書き間違えであることがわかった。
書き間違えというより、その参謀が現地を知らない証拠であった。
現地からの報告だけを基礎に参謀はそれを机上で組立てて作戦計画を練っているということが、これだけでも明白であった。
軍司令部にせよ師団司令部にせよ、この戦いの連戦連敗させている主たる原因はここにあった。
そのことは、児玉は繰り返し指摘してきた。
それだけに、地図をのぞきこんでいる児玉の怒りはすさまじかった。
(この連中が人を殺してきたのだ)
(中略)
児玉は、成功した。
かれは砲兵陣地を大転換することによって歩兵の突撃を容易ならしめ、六千二百の日本兵を殺した二0三高地の西南角を一時間二十分で占領し、さらにその東北角をわずか三十分で占領した。』 (「二0三高地」章)
場合によっては、自分の価値観の閉塞によって、現場を知らずに甚だしく間違った提案を、自分では気づかずにしてしまう場合があるかもしれない。
私自身にも有り得ると十分注意をしないといけないなと思いました。
そして、この小説を読みながら、本当に戦争ほどしてはならないものはないと思います。

乃木希典将軍

児玉源太郎
戦争という、人の生き死にと隣り合わせの状況下で見せる人間の生き様。
そして、その中で専門家による固定概念に対する執着というか、自分の考えに対する自負心というか・・・・ビジネスは誰とするかだ!と良く言われますが、本当にその通りだと思います。
戦争でいえば、どんな大将のもとで戦うか?
自分の側にどんな参謀がいるか?
どのようなスタッフが一緒に働いてくれているのか?
(誰とビジネスをするのか?)ってことでしょう。
旅順要塞を落とすのに6万人の日本兵が死傷しています。
その多くの兵は無駄死にでした。
どんなに頑張って会社のために仕事をしたとしても、報われないことがあるかもしれません。
或る意味、それは無駄死にをした兵と似ているのではと思ったりしました。
これからの経営者は、スタッフの頑張りを無駄にしない、例えばスタッフの頑張り10を0や3、2にしないことは当然ですが、10の頑張りを20、30にできるような、そのようなマネジメント力がますます身につけていかないといけない、それが経営者に強く突きつけられる時代だと思います。
ますます精進をしないといけないですね^^;
※このお話に興味をもたれた方は→203高地http://www.bell.jp/pancho/travel/china-2/sept03_203kohti.htm