「項羽と劉邦」 司馬遼太郎より
今回、「項羽と劉邦」より項羽について書かせて頂きます。
項羽は、秦の時代の武将の一人であり、楚という国の将軍の家柄に属する人物でした。
幼い頃から叔父の項梁(こうりょう)から教育を受け、兵法も学びました。
項羽は基礎を学ぶと、なんでも途中で投げ出してしまうような性格でしたが、それは一度聞くと物事の大略がわかってしまうという才能の表れだったのかもしれません。
また、二十歳前になると身長は184㎝にもなり、怪力に加え頭脳の回転も早く、人々の人気を得るようになっていきます。
後に、叔父の項梁と挙兵し、劉邦とともに秦を滅ぼし楚の王となり、自らを「西楚の覇王」と称しました。
しかし、その後項羽に対して不満を持った劉邦が反旗を翻すと、何度も戦いに勝利するものの、逃げては勢力を盛り返す劉邦に対して、最後は敗北へと追い込まれてしまいます。
終盤に城に追い詰められ、完全に城を包囲された状況での「四面楚歌」という故事は有名です。
この話の注目すべきは、やはり、項羽と劉邦の人間性なのではないかと思います。
劉邦については前回触れさせていただきましたが、人望が厚く、国を獲ったあとも民を大切にし、徐々に人々の徳を手に入れていきます。
それに対して項羽は、暴虐な面などが目立ち、戦において人を動かす点で大変優れてはいましたが、戦以外での人との関わりについては良くない面が多々あったようです。
戦うことにおいては圧倒的に劉邦より優れていたと言える項羽ですが、なぜ最後に敗北してしまったのか。
そして、良い組織を築く上で項羽が怠ってしまった点、劉邦が持ち合わせていた資質。
この点はとても学ぶべきことが多々あるような気がします。
わたくし、散々「項羽と劉邦」について書かせて頂いておりますが、実の所、上・中・下とあるなかの、上巻の途中までも熟読出来ていない状況です。
上記の点については、しっかりと読み解かねばと思います。
日々精進です。
ヽ(*´∀`)ノ
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